菱葺(ひしぶき)って何?
正方形の鉄板を1枚ずつ菱形に貼り付ける伝統工法
菱葺とは、正方形に切った鉄板の4辺をそれぞれ折り曲げ、1枚ずつ菱形に組み合わせながら取り付けて行く工法で、別名「菱張り 」とも呼ばれます。「イギリス葺」「鱗(うろこ)張り」のなかの1つの工法としてもとらえられます。
1枚1枚の構成単位が小さい菱葺は、複雑な形状にも対応することが可能。そのため、屋根と壁のどちらにもよく利用され、菱葺を 施した建物は明治時代から昭和初期に多くみられました。
衰退してしまった菱葺。その理由は?
高度な技術、かかる手間、熟練職人の不足
昔は民家や神社仏閣、洋館などの屋根によく見られた菱葺。しかし最近では菱葺の新しい建物を見かけることはほとんどなくなり、歴史的建造物として保存されている建物がほとんどです。
それぞれの鉄板に加工を施し、1枚ずつビスで貼り付けていく菱葺は高度な技術が必要とされ、熟練の職人にだけ許された工法でした。また、手間と時間がとてもかかるため、その分コストもかさみます。機械化が進んだ現代では、菱葺を修理できる職人がほとんどいないため、敬遠される工法となってしまったのです。
風土に根ざした工法。継承したい熟練の技。
湿気の多い日本の気候に最適な工法
菱形の鉄板を下から上へ重ねていく菱葺は、中に水が入りにくく、たとえ水が入っても下へ流れるような仕組みになっています。そのため、雨漏りしにくく、さびにくいという利点があります。
これは湿気の多い日本の気候にぴったりで、とりわけ雪国で暮らす私たちにとって、きわめてありがたい工法なのです。
すぐれたデザイン性
鉄板1枚1枚が折り重なり、細やかな陰影を放つ菱葺は、直線はもとより、ドーム型の屋根や曲線を描いた壁など、あらゆる形状に対応することができ、屋根、壁を問わず古くから利用されてきました。
また、個性的でモダンな外観、古風でしっとり、落ち着いた雰囲気など、お客さまのご要望に応じて、どんなデザインとも調和のとれた多彩な表情を放つことのできる技法でもあります。
工藤板金工業の菱葺
伝統技術を学ぶための、千載一遇のチャンスととらえる
ある日、なじみの設計屋さんから私たちのもとに舞い込んできた外壁工事の依頼。地元でオープン予定の中華料理店さんが、お客さまの印象に残る店舗の外観にするために、菱葺を採用したいとのこと。依頼を受けてもらえないだろうか———。
戦前の生まれである当社の会長が現役だった頃は、当たり前に行われていた菱葺。しかし、その後菱葺に代わる建材や新技術の開発により、菱葺はほとんど見かけることがなくなりました。社長でさえ1度しか菱葺の経験はなく、その他の職人たちにいたっては、もちろん未知の世界・・・。頼れるのは会長の遠い昔の記憶、社長のたった1度の経験、そして若い職人たちのみなぎるエネルギーと新技術習得にかける情熱。
2016年秋の訪れとともに、工藤板金の総力を結集した、菱葺への挑戦がはじまりました。
まずは練習。試作品づくりからのスタート。
一度鋼板を貼り付けてしまえばやり直しのむずかしい菱葺工事。失敗を防ぎ、万全の体制でのぞむため、私たちの菱葺は数週間にもおよぶ事前練習からはじまりました。
いよいよ開始
いよいよ練習がはじまります。まずは本番と同じ材料、色の鉄板を裁断。
ハゼの折り返し
鉄板を組み合わせるための折り返し部分を加工します。
実際にやってみる
1枚ずつ重ねてはビスで留めていきます。かなり根気のいる作業。
いよいよ本番。材料を自分たちで加工する。
お客さまのご希望によりかなった外壁にするため、私たちは材料となる板金1枚1枚すべてを自分たちで加工することにしました。 鉄板の裁断、ハゼ(折り返し部分)の加工、色の調整、ビニールカバーでの養生など、現場での作業に先立ってやるべきことは山のようにありました。
鉄板の裁断
大きな鉄板を正方形に裁断します。この1枚1枚が外壁の構成単位となります。
傷防止のカバーかけ
加工した鉄板に傷や汚れがつかないよう 1枚ずつ青いビニールでカバーをかけます。
図面をつくる
貼る場所を間違えないよう図面に番号をふって現場にのぞみます。
現場での作業開始。細心の注意をはらって着々と。
1枚1枚ビニールで包まれた材料を現場へ運び、いよいよ現場での取り付け作業。今回は5色の鉄板を使用し、一見ランダムに見えるようで実は規則性を持って配列されているという複雑なデザイン。貼る順番を間違えないよう下絵と下地板を見比べながら、まるでパズルのピースを当てはめていくように作業を進めます。
話には聞いていたけど、とても手間と時間のかかる地道な作業。既に第一線を退いていた会長も折にふれ現場を訪れ、細やかなアドバイスを与えてくれます。思ったより工事ははかどらず、終盤には残業の毎日。届けられた夕食を現場でとりながら、夜遅くまで作業は続きました。文字どおり社員全員の団結力が試される一大工事となったのです。
色ごとに分類
裁断した鉄板を色ごとにカゴに入れて現場へ。
下地板の準備
貼る場所を間違えないよう下地板にも番号を書いていきます。
ビスで固定
下から上へ鉄板を組み合わせながら重ね、ビスで固定。足場のすき間での作業は困難をきわめます。
図面を確認
色ごとの番号をふった図面を確かめながら作業が進みます。
端っこは特に慎重に
端の部分にもぴったりと納まるよう更に細工を施します。腕のみせどころ。
カバーをはずす
貼り終わった鉄板から傷防止のビニールカバーを取り去ります。
ついに完成。しっかりと息づく「工藤板金の精神」。
少しずつ少しずつ、慎重に進めてきた菱葺工事。鉛色の空から白いものがちらつきはじめる頃、ついに完成の日を迎えました。文字どおり工藤板金工業の総力をあげて取り組んだ一大イベント。最初はとまどっていた若い職人たちも、日に日に頼もしく成長したように見えます。
思えば、工藤板金工業の精神は「ひとを愛し、ひとを育て、社会に貢献すること」、そして「チャレンジ精神で技術の研さんに励むこと」。今回の菱葺工事を通じて、工藤板金の精神は社員の胸にしっかりと受け継がれていることを確信いたしました。
2016年12月完成
青森県八戸市 中華・和食 兆蘭 様